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浦和地方裁判所 平成3年(行ウ)8号 判決

原告

清水澄

浅見勉

渡辺嘉典

青木大兄

内野邦良

寺崎幸夫

南部敏明

飯島敏夫

石井生高

原告ら訴訟代理人弁護士

大口昭彦

右訴訟復代理人弁護士

三上宏明

被告

(寄居町長) 丸橋安夫

右訴訟代理人弁護士

熊木正

板垣範之

理由

一  原告らと被告の地位についての請求原因1の事実及び監査請求についての同4の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  寄居町は埼玉県の北西部に位置する人口約三万五〇〇〇人の町であり、町は東西約一三・七キロメートル、南北約一二キロメートルの広さがあり、その面積は約六四・〇一平方キロメートルである。これを大別すると、その南西部は山地、北東部は平野であり、山地部は自然公園地域にも指定されており、貴重な森林資源に恵まれている。

2  寄居町においては、住みよい町づくりを目指して、寄居町振興計画基本構想が第一次から第三次にわたつて策定されているが、昭和六二年から向う一〇年間を一期間とする第三次基本構想とこれに基づく前期基本計画(昭和六二年度から平成三年度)においては林業の振興を重要施策の一つにかかげ、森林の整備に必要な林道の開設を促進することをうたつている。一方、埼玉県においては、森林法第五条に基づく地域森林計画の一つとして、県西北部から東南部にかけての区域(利根川流域と荒川流域の一部)について、中武蔵地域森林計画を樹立しているが、その昭和五九年四月一日から同六九年三月三一日を一期間とする計画においては、本件林道の開設が区域内における林道網整備の一環として取り上げられている。

3  本件林道は埼玉県大里郡寄居町大字秋山字釜の久保六〇四番地を起点とし、同町大字折原二六五二番地を終点とする総延長二二二八メートル、幅員四メートルの自動車道二級の林道であり、起点において町道二一号線(旧四八号線)と、終点において町道八二五四号線(旧六〇九八号線)とそれぞれ接続している。本件林道の利用区域内には民有林三九ヘクタール、森林蓄積量として針葉樹三三二九立方メートル、広葉樹二一一五立方メートルが存在し、本件林道はその保続培養、林産物の搬出等のために森林所有者の利用に供されるものであるが、起点側地域の同町大字中間平に七戸の、終点側地域の同町大字折原に八六戸の民家があり、右各地域住民の利便にも供される。

4  寄居町が本件林道を開設しようとしたのは、前記のような埼玉県の森林計画及び寄居町の振興計画に基づきその実現を図ろうとしたものであり、寄居町は、昭和六〇年三月の町議会においてその事業計画を可決承認し、同年九月からこれを実施するに至つた。その事業費のうち、用地の買収に当てられる分については埼玉県から補助金の交付を受け、工事費用に当てられる分については寄居町が負担した。本件林道の用地に当る土地の所有者は三五人ほどであり、そのうち原告清水澄以外の所有者は用地の売買に応じたが、原告清水澄のみは終始これを拒否して応じず、その結果、開設工事は原告清水澄の所有地に至つて中断した。平成三年一月の時点では、開設工事はほぼその三分の二が完成していたが、原告清水澄の所有する用地部分の取得の目処が立たず、そのため寄居町は事業の中止(廃止)を決定し、埼玉県から交付を受けた補助金も返還した。

5  かつては、林道は、これを利用する森林所有者が無償でその用地を提供し、地元の地方公共団体が必要に応じて補助金を交付するなどして助成し開設されることが多かつたが、近年、ゴルフ場の開設などに伴い森林の地価が上昇し、林道の開設のために無償で用地を提供する森林所有者は少なくなり、むしろ、地元の地方公共団体に対し、用地の買取りを要望する傾向が強くなつた。寄居町が本件林道の用地をその所有者から買収してこれを開設しようとしたのも、このような社会的、経済的事情の変化を踏まえてのことである。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

ところで、一般に、林道というのは森林の保続培養、林産物の搬出等のために森林内に開設される道路をいうものと解されるが、これについては森林法に若干の規定(第四条第二項第四号、第五条第二項第五号、第五〇条第一項など)がおかれているほかは、その開設の方式及び敷地所有関係ないし利用関係等について法律上何らの規制も存しない。したがつて、公益上相当の必要がある場合には、地方公共団体が所有者からその用地を買収し、林道を開設することも森林法、地方自治法、地方財政法その他の関係法令に反するものではなく、林道はその性質上私人の所有するものでなければならず、地方公共団体が所有者からその用地を買収して林道を開設することは法律上許されないとする原告らの主張は独自の見解であつて、採用の限りではない。

前認定の事実によれば、本件林道は、主として森林の保続培養、林産物の搬出等のために森林所有者の利用に供されるものであるが、その起点側と終点側の地域には民家があり、地域住民の生活道路としても利用されるほか、起点及び終点においてはいずれも町道に通じており、一般住民の利用のためにも開放されていることからすれば、本件林道は地方自治法第二四四条の二第一項にいう「公の施設」に該当すると解するのが相当である。そうであるとすれば、本件林道の設置及びその管理に関する事項は条例で定めなければならないが、ここに公の施設の「設置」とは公の施設を住民の利用に供して使用を開始することをいうのであつて、右使用開始以前の事項についてまで条例による定めをしなければならないものではないのであり、右公の施設の「設置」の趣旨を右使用開始以前の段階を含めて理解する原告らの主張は独自の見解であつて、採用することはできない。もつとも、被告は、本件林道についてはその使用開始後の事項についても条例による定めをすることを要しない旨を主張するが、仮に、本件林道の設置及びその管理に関する事項についてその使用開始後においても条例による定めがされないとしても、前認定の事実によれば、寄居町による本件林道の開設は広く公共の利益の実現をその責務とする地方公共団体が行う事業として相当なものであつて、それ自体として違法なものではないのであるから、右のような手続上の瑕疵のために直ちに本件林道の開設のためにする公金の支出が違法となるわけではない。

したがつて、被告が寄居町の町長の権限によつて本件林道の開設のためにした原告ら主張の公金の支出は適法である。

三  よつて、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 中野智明 中川正充)

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